自分のことをミジンコみたいに感じたら

こんにちは、yobbe(ヨッパ)です!

何年か前、楽天が社内の公用語を英語にしましたね(ちょっと古い?)

近年では英語(と、プログラミングも!)が小学校の必須科目になるとかならないとか。

今私が働いている会社も海外国籍の方がそこそこ多く、日本人であっても英語が話せる人が多いです。 

さらに、私が属しているチームは、なんと私以外のメンバーはみんな海外で1年以上の留学経験があり、日常会話レベル以上に英語が話せるのです。

私も日々ひぃひぃ言いながら、外国の方とどうにかコミュニケーションを取っています。

…何が言いたいかというと、今日のテーマは劣等感。

そう、わたしはこの環境で、自分が劣等感を抱えていることに気づいたのです。それも必要以上に!

これは、健全なの?と思ったことがきっかけで、劣等感について考えてみました。

劣等感とは?

そもそも劣等感って、なんでしょうか。

辞書で調べると、「自分が他人に劣っていると感じること」と出てきました。

例えば。
その集まりの共通言語が英語で、自分だけが話についていけてないとき。自分に自信を失い、なんだかとても居心地がわるくなってしまうのです。

英語、という点で劣等感を感じるのは自然なことですね。

でも、私が感じる劣等感は、英語力そのものではなく、自分自身に対してだった、ということに気付いたんです。

「英語ができないこと」
以上に、
「過去、英語をちゃんと学ぶことをしていなかった自分」

もっというと、

「英語の必要度が明らかに高まるこの時代に、今の今まで英語を本気で学ぼうとしていなかった、自分の感度の低さ」 


に対して劣等感を感じていたのです。

・・・真面目すぎるというか、深刻に考えすぎというか、、、

スキルだけではなく、人間性そのものまで劣っていると、と感じていたのですね。

誰かに言われたわけではないけど、自分で自分を責め、勝手に自己否定。

他にも、
職場で上司に、これ知っている?と聞かれた時、「知らない」と堂々言えないときがありました。

これは、
「知らないこと」
自体ではなく、

「この業界のこの会社で働いていたら当たり前のようにしっておくべきことなのに、ちゃんとキャッチアップしていない自分の意識の低さ

に対して劣等感を感じていたのですね。

・・・もっと楽になればよいのに、と書いていて思いました。笑

劣等感を感じた先にあるものは?

自分が価値ない人間に思えたり、あのときああしとけばよかった…と後悔を感じてしまうこともわかります。

その悔しさがバネとなりモチベーション維持につながったり、よし頑張ろう!という気持ちになるならバンバンザイです。

でも、悔しさを押し返せずに、自信をなくし、触れて欲しくない領域としてフタを閉じてしまってることありませんか?

それって、健全な劣等感なのでしょうか?なんかもっとこう、前向きに捉えなおすことはできないのでしょうか。

自分には価値がないと思ってしまう理由

個人的に思うのは、人を見るときに、スキルや肩書きなど分かりやすいもので判断しがちな世の中、という点があると思います。

学歴がどこどこ以上じゃないと採用しない、とか聞いたことありませんか。


社会では、仕事において役に立つ点で判断されます。つまり、どのくらい会社に貢献できるのか。

その判断基準に自分が当てはまっていないと、自分には価値がない…と思ってしまっても不思議はありません。

でも、立ち止まって考えてみてください。

その判断基準は、あくまでも相手が求める基準です。

どうすればいいのか

自分の良さは、必ずしもみんなに伝わるものじゃなくていいのです。

誰か1人でもわかってくれていたら、いいのです。
 
例えるなら、南国ではホッカイロは不要ですね。だれも欲しがりません。
でも、北極ではめちゃくちゃニーズがあります。

現実世界ではそこまで極端ではないかもしれませんが、自分がミジンコみたいに感じるときがあったら、自分は南国のホッカイロなんだ!と思い、必要以上に劣等感を感じなくてもいいのではないでしょうか。(…笑)

評価と価値は、違います。

前向きな劣等感なら良いですが、元気がなくなるねじれた劣等感なら、捉え直して、もっと心地よく日々を過ごしましょ!

次はyufkin (ゆふきん) !


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