話せばわかる?どんなに頑張っても相手に伝わらないとき。
同じ言語を話しているのに
同じ言葉を使っているのに
伝わらない。
一生懸命伝えても、理解してくれない。
その時の悲しさは、深い喪失感にも似ています。
なぜ伝わらないのでしょうか。
こんなに必死に説明しているのに…!
人は生まれてきてから色々な経験をします。そして、その経験から自分なりの哲学を学びます。
たとえば電車の中ではじめて誰かに席を譲った時。
断られたら、次また誰かに譲ろうという勇気がちょっと減りますよね。でもその次に勇気を出して譲ろうとしたら、また断られてしまった。
その人は、誰かに席を譲ることを避けるようになるでしょう。
一方、はじめて譲ったときにとても丁寧に感謝され、電車を降りるときも改めて感謝をされた。
とても嬉しいですね。良いことをした!
その人は、その次も誰かに譲ろうと思うでしょう。次、誰かに断られたとしても、はじめて譲ったときの嬉しいじんわりした気持ちが残っているので、また困っている人がいたら譲ろう!と思いますね。
今までわたしは、話せば伝わると思っていました。
かの有名な名言、「話せばわかる!」ばりに、膝と膝を突き合わせて腹割って話せば、いずれ理解し合えると。
本当にそうなのでしょうか?
同じ家族でも、姉妹でも、たとえ双子でも、なにを経験してきたかはみんな異なります。
席を譲る、ということ一つとってもポジティブに捉える人もネガティブに捉える人も、どちらもいる。恋愛も勉強も仕事も、いろんな経験を積み重ねて、一人一人、自分にとって大事ななにかを学んでいきます。
日本人にとっての桜は、出会いや別れなど大事な思い出を想起させる、ある種シンボルですが、海外の人にとってはそうではないかもしれません🌸
また、仕事の進め方や友達付き合いもそうですね。
分からないことがあったらうまく周りに聞いて解決するか、自分で本やネットで調べるか。
同僚との付き合いも、少し適度な距離を置くか、土日も遊べるくらい距離を縮めるのが好きなのか。
どちらかが正しいかというと、そういう話でもありません。事実はあっても、正解はありません。
全てが白黒つけられるほど整理された世の中ではないし、人間は完璧ではないし。
大事なのは、相手の価値観の違いを認めて、受け入れること。
最近は多様化、なんて言葉もよく聞くようになりました。役員に一定の割合で女性を配置することを決めたり、多国籍の人を受け入れたり。またLGBTもそうですね。
性別や国籍などわかりやすい違いではなくても、一人一人の価値観は全く違います。
日本人だから、女性だから、同じ会社に勤めてるからといって、価値観が同じなんてことはないです。
もしかしたら日本人同士のAさんとBさんは、日本人とフランス人くらい価値観の開きがあるかもしれません。
相手の言葉が理解できなくても、自分の言葉が伝わらなくても、それでいいのです。それが、普通。
この前本を読んでいたらこんなことが書かれていました。
尊敬する、とは、ありのままのその人を受け入れる、ということ
尊敬って、もっとこう、秀でたものを賞賛、憧れるイメージをもっていました。
あの人のここが素晴らしくて、自分もああなりたい…尊敬するな…というような。
そうなると、素晴らしいと言えるものがなければ尊敬されないことになります。
でも、どんな人であっても、その人をありのまま受け入れる、ということが尊敬する、といえるのですね。
よかった。
尊敬されない人同士が一緒にいても楽しくないし、虚しいです。どんな人でも、相手を認めることができればいい。
バックボーンも外見も違う私たちは、理解しあえなくていいのです。理解できなくても、尊敬をすることができれば、もっと楽しく、愛に溢れた毎日を過ごすことができるのではないでしょうか。
もっともっと、みんなのことを尊敬したいと思います!
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